『思考の補助線』

茂木さんは、
金子みすヾさんの
「わたしと小鳥とすずと」
を引用されながら、
『多様性』を受け入れる
大切さと難しさについて書かれていた。
はずかしながら、私は金子さんの詩を
子どもの 教科書で初めて知りました。
今は、教科書に必ず載っているようですね。
みんなちがって、みんないい。
この考え方を きちんと受け入れられれば
世界は変わっていくことでしょう。
しかし、と茂木さん次のような投げかけをされています。
多民族国家のある国では、
差別・偏見を取り除くという観点から
言葉の言い換えが行われているようです。
例えば、背の低い人を、
vertically challenged
(垂直方向に挑戦されている人)
というように。
その裏側には、背の高い人の方が、
背の低い人より優位にあるという
単一の価値観があるのではないかと。
そこに隠蔽されているのは、
みんなちがって みんないい
という多様さへの賛歌ではなく、
むしろ本音では、単一の価値体系を
信じている単純な世界観ではないか。
と、
(いわれなき差別に苦しむ人を
救うのは当然のことと、前置きされています。)
さて、自分自身のなかでは、
様々な価値観を受け入れたり、
自分と異なる考えの人を受け入れる、
認めるということを できているのだろうか、
と考えてみました。
昔、アフリカにボランティアで行った時には、
援助する人、援助される人
豊かな国、貧しい国
そのような考えが、自分のなかに
存在することを認め、
価値観を シフトさせるのに
時間を要しましたし、
障害者のボランティアグループに
入ったばかりのころは、
周りの目も気になり、
内なる偏見との葛藤もありました。
ただ、ずっと一緒に過ごすことで
そのような気持ちは自然と
なくなってきました。
様々な価値観を受け入れるということは、
頭で考えてできるものではなく、
実際に関わることで できるのかもしれません。
みんなちがって、みんないい。
内にある偏見は何か・・・・
多様性を受け入れるとは・・・・
などなど、
もう一度考えてみたいと思います。
そうそう、スピリチュアル系を学んでいると、
精神レベルの高い人、低い人 などの
価値観も生まれがち。
神さまからみれば、みな一緒、
ですかね。
ご覧いただき ありがとう ございます!

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